15年前から島根県の奥出雲町で暮らしております。ここは自然が近く、山陰の山奥ということもあって多くの生薬が採集できる地域になります。週末には山野に入り、時季の草花を見つけは生薬に加工することを楽しんでおります。
気候や土地の特性のようなものもあって、採取時期がずれるものやアク抜きなどの作業を入れないと生薬に出来ないものなどもあって、なかなか教科書通りにはいかないものだなぁ、と苦戦を強いられることもあります。
近隣の里山だけではなく、国定公園でもある船通山-大山あたりにまで足を延ばすと更に多くの生薬を見ることが出来ます。
また年に数回、新人の薬剤師さんや薬局実習で研修に来ている学生さんに採集を手伝ってもらい、生薬・漢方への知識を深めてもらっています。
生薬に修治(シュウチ)という作業を行います。生薬の中にはそのままでは薬として使用することが出来ないものがあります。それらを薬として使用するためには、煮たり焼いたり酒で何度も蒸す作業を行います。このひと手間で効き目の良い漢方薬が出来上がります。
残念ながら大学の授業だけでは漢方の運用は不可能です。私がそうであったように実地で習得して頂くのが一番良いと思います。生薬それぞれの特性を理解することで、生薬が組み合わさった処方(漢方薬)が理解で出来ます。
生薬探訪
竹節人参はここ奥出雲にたくさん生えております。明治ぐらいまでは高麗人参の代用として使用されてきました。当店では今でも使用しております。やや体を冷やす人参ですので高麗人参との使い分けができます。市販されている漢方薬・栄養剤に滋養強壮・胃薬・解毒剤として配合されています。また発毛剤にも使用されています。9月~11月ごろに根を掘り出し、そのままか湯通しして日干しにします。奥出雲産のチクセツニンジンはアクが強く5~6分湯通しして生薬にしました。
沙参はキキョウ科の植物です。桔梗によく似たきれいな花が咲きます。咳止め・痰切りとして漢方薬に配合されます。根を掘り出し水洗いしたのち日干しにします。
残念ながらこの辺りの山野に自然に生えているものはありませんが、近所の庭木に見つけることが出来ました。5月ぐらいに黄色い可愛い花が咲きます。やがて実が付き、その熟した実が諸薬の矯味薬、胃薬、精神安定剤として使用される棗ができます。9月~10月に収穫し陰干しします。まだ実が青い時期はリンゴのような味がします。さらに熟されて茶色く甘みが増してきます。
附子はトリカブトのことです。毎年、山菜と間違えて食中毒で搬送されるニュースを見ます。薬用に使用されるのは根なのですが、葉にも少量ですが有毒成分が含まれています。葉を生で食べると不味いので食べられないことが分かるのですが、おひたしにして味付けすると分からなくなるようです。よく間違えられる植物は、葉の形の似た二輪草(ニリンソウ)だと言われます。花の色も咲く時期も葉っぱの大きさも違うのですが、春先でトリカブトがまだ小さい時期は二輪草と同じくらいの大きさです。間違ってしまうのかもしれません。奥出雲では船通山の低中腹でみられます。山道の川沿いに見つけることが出来ます。
桜の樹皮のことです。6~8月に樹皮をはぎ取り日干しにします。桜の樹皮に含まれるフラボノイド成分は皮膚病や咳止めとして有用ですが知っている人はほとんどいません。当店で良く使用する皮膚病の漢方薬にも配合されています。桜も身近な生薬です。
木通はアケビの蔓(茎)を輪切りにしたものです。奥出雲では川沿いにミツバアケビを見つけることが出来ます。この茎(蔓)にはサポニンやカリウム塩が多く含まれていて利水作用があります。茎を輪切りにし日干しにしたもの使用します。当店では学生さんや新人薬剤師さんに採集してもらい標本にします。
虎耳草(コジソウ)はユキノシタのことです。里山の山道から少し外れたところにユキノシタの群生地を見つけました。薄暗いところに一面白い可愛い花が咲いていてとてもきれいでした。漆かぶれ・虫刺されに生葉をもんでしぼり汁を付けるとよくなると言われます。乾燥させた茎や葉は煎じて解熱・解毒剤として使用します。ですが、この辺りでは薬として使用するよりも葉の天ぷらを食べることの方が多いのではないでしょうか。
草むらには必ずあるイノコズチのことです。9~11月に根を採取し洗った後、湯通しして日干しにします。利尿作用や鎮痛作用があります。土臭い独特な味がします。当店では煎じ薬として配合して使用しています。単味での使用経験はありません。
ツチアケビのことです。これは珍しい植物です。葉っぱはありません。地中の菌との共生により栄養をもらって育ちます。別名は神の錫杖もしくは山珊瑚または山唐辛子。文献では主に強壮・強精・利尿作用で使用するとのことですが、近年では使用された報告はありません。人工栽培品もありません。
ヨーロッパ原産のハーブでそこいらでみられます。日本では同種のトウダイグサを下剤・利水剤として使用していました。茎葉を沢漆(タクシツ)、根茎を和大戟(ワタイゲキ)と言い使い分けがあるとのことですが、毒性が強く現代では薬用として使用されることはありません。
春が近づくと山野のいたるところで見ることが出来る小さな花です。全草を薬として使用することが出来ます。現代でも胃薬・下痢止めとしてよく利用されています。苦味と香りで胃腸を働かせます。下痢止めには茎葉を濃く煎じて服用します。皮膚かぶれには煎液を冷やし湿布します。
別名は鬼の矢柄(オニノヤガラ)。腐生ランの一種で葉緑素を持たずナラタケなどの菌糸との共生で栄養を得ている珍しい生薬です。しかし奥出雲ではよく見つけることが出来ます。奥出雲の湿気と日照量の具合が良いようです。6月に芽が出るか出ないかの時期に根茎を掘り出し輪切りにして日干しにします。時期が過ぎてから掘り出しても素が入っていてよくありません。
観賞用のジキタリスが逃げ出したものだと思います。山の斜面にたくさん生えているところを発見しました。一昔前までは乾燥した葉を粉末にして心臓の薬(強心配糖体)として心不全に使用されていました。逸話としてゴッホが「ひまわり」などで鮮やかな黄色を表現したのは、ジギタリスの服用による副作用の黄視症だったのではないかという説があります。
ハスの実のことです。ハスの実は中華食材で食べることがあります。お粥やスープで食べます。油で炒ると香ばしくナッツのような味がします。薬効は心を落ち着かせ不安・不眠などに効果があると言われます。当店でもたまに使用しています。
日本大学薬学部の知人が、いっこ上の先輩だと言っていました。これは歌手グループのケツメイシの話しです。この生薬は当店でも販売しております。煎じて緩下剤として使用したり、目のトラブルで使用しています。目が良く見える種で決明子(ケツメイシ)です。
薄暗い林の中で黄連の群生地を見つけました。30メートル四方が黄連でいっぱいでした。根を掘り出しひげ根をバーナーなどで焼き去った後、良くもんで残りのひげ根や土を除き日干しにします。抗菌作用・抗炎症作用・血圧降下作用があります。この辺りの方が風邪を引いて熱が高い時に、裏山から黄連を取ってきて煎じると言っていました。
10~11月に茎葉が枯れてから根を取り出し、水洗いして陰干にします。当店では発汗作用や消炎作用、肛門部の鎮痛作用を利用して体力回復や痔疾の漢方薬に配合して使用しています。
カキドオシのことです。草むらには必ずと言っていいほどある植物です。血糖降下作用や胆汁分泌作用、結石を溶解する作用があって糖尿や胆石・尿路結石の民間薬として使われることが多いです。また「小児の疳を取る」ことができることから、別名「疳取草(かんとりそう)」とも言われています。当店でもたまに使用しております。
イカリソウのことです。5月から夏にかけて葉と茎を根元から刈り取り陰干しします。島根県ではイカリソウは色違いのものを見つけることが出来ます。奥出雲町では紫色のイカリソウしか見たことがありませんが、松江の海側には山陰・北陸に多いトキワイカリソウばかりでした。色は違いますがイカリソウと同様に使用出来ます。性ホルモン分泌、知覚神経興奮作用、末梢血管の拡張作用があり強壮・強精・健忘症に良いと言われています。
ここ奥出雲ではワサビを至る所にみることが出来ます。小川に生えているものがあれば、山の斜面に生えているものもあります。根っこの味はワサビそのものですが、大きさは人差し指ほどしかありません。この辺りでは葉っぱや茎(葉ワサビ)を料理して食べます。食欲増進、防腐殺菌効果があります。鎮痛作用を利用して神経痛にしぼり汁をシップとして貼り付ける方法もあります。
立派なオオナルコユリを発見しました。同種のナルコユリは精力剤に良く配合されている生薬になります。精力減退・病後回復に使用されます。
掘り起こし、ひげ根を取り除き、水洗いしたのち50度前後の湯に10分浸して陰干しして生薬にします。
こちらは高麗人参です。島根県の大根島で栽培しているものです。大根島の農家さんと取り引きの話もあったのですが、値段の折り合いがつかず断念しました。ほとんどのものは海外(香港)へ出荷されています。とても高価・高品質です。
竹節人参(チクセツニンジン)は山野の陰っているところに生えています。高麗人参も同様です。人工栽培する場合は高麗人参も同様に日陰を作って日照量をコントロールする必要があります。
ヤマノイモのことです。本州・四国・九州いたるところにみられます。古来より滋養強壮・止瀉薬・寝汗・オネショの薬として用いられてきました。美味しく食べることが出来る数少ない生薬です。秋に葉が落ちたら根を掘り上げ、水洗いし、皮を除いて適当な大きさに刻んだら日干しにします。
ヤマノイモのムカゴ種。にも同様の働きがあります。秋になると山道の脇にいっぱい落ちているのを見つけることが出来ます。
シソ科のとても小さな花が咲く植物です。薬用部位は全草です。水洗い後陰干しにします。鎮咳去痰作用・下痢止めの作用があると言われます。当店での使用歴はありませんが、中国の臨床ではサポニンやフラボノイドの働きから実際に気管支炎や中耳炎に使用されているとのことです。
クルミは滋養強壮のための栄養補給として漢方・薬膳で使われることがあります。当店では下痢止め・消化機能改善のお薬として1回使ったことがあるだけです。薬膳の食材として販売することが多いです。また実の緑皮にも薬効があると言われています。皮膚病の白ナマズに緑皮と硫黄の粉末を混ぜて患部に擦り込むとよいとのことです。
ここ奥出雲では船通山の頂上に群生しているものが有名です。蟻がこの植物の種を巣に持ち帰り育ててくれます。薬用に用いるのは鱗茎(球根)に含まれるでんぷん質です。5~6月ごろに葉が枯れる前に鱗茎を掘り取り、外皮を取り除き、石うすで砕き、水を加えて綿布でこし、数回水洗いした後、沈殿したでんぷんを乾燥させると片栗粉が取れます。この片栗粉を擦り傷・出来物・湿疹部に振りかけて使用します。